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人生に目的は必要か?ふと立ち止まった2つの出来事

私には今、生きる目的があります。福岡県大牟田市を元気にするということ。具体的には2027(令和9)年に福岡県大牟田市全域に10分おきに走る大牟田なないろバスを走らせる。その目的を達成するために、世界中からお客さんを呼び込める大牟田なないろ音楽隊(2021年2月に「ハチドリ芸術社」と改名検討中。趣旨は↑リンクページのまま)を作る。詳しくは2018年末に書いたコレ↓ですが、

★2027(令和9)年ドロシーみきこは「ハチドリ芸術社」をつくって、「ハチドリ芸術バス」を走らせる!全国1750市区町村バイオリン行脚も作曲も講演もブログも全てはそのために!

目的とは理由。「何のために」ということ。目標とはゴール。短期もあるし長期で設定することもありますよね。

私の場合はざっくり言うと【大牟田なないろバス「ハチドリ芸術バス」を走らせて大牟田を元気にするために(目的)、大牟田なないろ音楽隊「ハチドリ芸術社」をつくる(目標)】。まぁ音楽隊は目的でもありますが。

こんなレトロなバス、大牟田に走っていたらいいと思いません?

とはいうものの、人生に目的は必要なのか?ふと立ち止まって考えたことが2度ありました。

1度目は、まだ私が独立する前に勤めていた頃、ある会計事務所の女性とお話していたときでした。

私が「いつか障がいのある方とない方が一緒にできる音楽団体をつくりたい」という話をしたときに、その女性は

「夢があっていいですね!私の生き方は、どちらかというと、何か目的(目標)を決めて生きるというより、毎日、目の前のことを一つひとつやっていって振り返ったら、『あ、こんなところまで来た』って思うのが好きです。」というようなことをおっしゃいました。

ん?衝撃でした!

だって、目的とか目標って、持つのが当たり前だと思っていたから。だから、中学生や高校生の頃、「自分がどうしたいのか」、「何のために生きているのか」わからないとき、苦しかった(>_<)

今でこそ冒頭のように心から大好きで楽しい目的と目標を掲げて過ごしていますが、受験生の頃は、目的もわからず、「とりあえず」目標を設定して受験勉強もがむしゃらにやった覚えがあります。

別の方もおっしゃたのですが、「目的とか目標を持つことって良くも悪くも教育の中で刷り込まれていたんだよ」と。確かに、そうかもしれない…(今の私には結果的には良かったです)。

もちろん、その会計事務所の女性も生まれてこのかた目的や目標を持ったことがないわけではないでしょう。簿記の免許をとって、会計事務所を切り盛りされている優秀な方なので、きっとそこに行き着くまでには何かしらの目的や目標を持ってがんばられたのだと思いますが、現在のその方の一つひとつ積み上げていく働き方、生き方は、軽やかでステキだなぁと思いました。

そして、2度目はつい最近のこと。

音楽事務所として独立し、レッスンを始めた頃は、事務所とは別に楽器店の生徒さん(特に子どもさん)も多く受け持っていて、発表会もあったため、今月はここまでやって、今年はここまで!と、発表会でここまで弾けるようにという目標設定とそのためのレッスンに明け暮れていました。

それは生徒さん(の親御さん)や楽器店からも求められることなのですが…気楽にやりたくて、発表会にも出演されない生徒さん方(特に大人の方)にも目標を強いて、レッスンに来られた目的にも耳を傾けず、気合を入れすぎたレッスンをしていたかもしれないなぁと最近、はたと思いました。

というのも、最近はほぼ大人の方のレッスンとなり(発表会もなく)、あるとき改めて、よくよく皆さんのお話に耳を傾けると、「なんとなくバイオリンが好きだから」、「認知症予防にいいかなあと思って」、「アニメのキャラクターに憧れて」などなど、楽しく気楽に、ぼちぼちできればいいかなとおっしゃる方々が実にたくさんいらっしゃることがわかったのです。バイオリンを習う目的も、いつまでにどれくらい弾きたいという目標もふわっとされている(もちろん目的、目標を明確にもっている方もいらっしゃいます)。

もっと言うと、レッスン時間そのものに癒しを求めている、レッスンを受ける時間を持つことが目的という方が結構いらっしゃる。

特に、レッスンを始めた頃、別の講師から引き継ぐ生徒さんの割合が多かった楽器店では、前の講師からも生徒さんからも、どういうお気持ちでレッスンに臨まれるかこれまで詳しくお話をお聴きしていなかったのです。

そうか、そうか、そうなのかー!(@_@)

私は、月謝を頂いて教えるからには、これくらいはできるようになってもらわないと申し訳ない…という身勝手な責任感から、生徒さんお一人お一人のお気持ちをないがしろにしていた部分が多々あることに気づきました。

この2つのことを経験しての私の結論は・・・

(誤解を恐れずに言えば)「なーんだ、もっと気楽にいけばいいじゃん!」ということでした(#^.^#)

冒頭でもご紹介したように、私は今、目的を達成するために、目標に少しずつ近づいています。私にとってはその方が張り合って毎日が楽しいから。

でも、そんなことって、「自分」が決めればいいことだし、他の人に押し付けるものでもないと気づけました。

もし以前の私のように「目的や目標を設定しないといけない」という思いで悶々と悩んでいる方がいらっしゃったら、「それ、思い込みですよ」と言いたい。「人に惑わされなくってもいいんじゃない?」と言いたい。

それでもやっぱり、張り合いがほしいなら、「目の前の楽しいこと、やってみたいことを片っ端からやったらどう?」と提案したい。

ということで、人生の目的や目標が必要かということで悩む必要はない!

今日の結論はこんなところです(^_^)

★2027(令和9)年ドロシーみきこは「ハチドリ芸術社」をつくって、「ハチドリ芸術バス」を走らせる!全国1750市区町村バイオリン行脚も作曲も講演もブログも全てはそのために!

4 thoughts on “人生に目的は必要か?ふと立ち止まった2つの出来事

  1. 読ませていただきました。結論の部分はそのとおりだと思います。
    わたしは、目標というかやりたいことは、バイオリンに関しては、仲間と一緒に楽しめるようになりたい、ということです。そのためには、とうぜんにそれなりのスキルも求められますから、そういうのを「すこしづつ」身に着けていきたいと思っています。
    たから、「とりあえず弾いてみたい」ということよりはすこし熱を入れて取り組んでいるつもりです。
    でも、こういうのは、あくまでもじぶんの楽しみ、というだけなんですよね。
    ドロシー先生のように、社会に対してアクティブに、たくさんの方を笑顔にしたい、という目標をもって具体的にまえに進んでらっしゃるお姿は、とてもすばらしいしうらやましいです。
    多くの人は、わたしもそうですが、そういうことをしたくても「なにをしたらいいかわからない」ということだと思います。
    それでも、じぶんがやりたいことに必死に取り組む中で、まわりのひととも、ちょっとでもたのしい気分を共有できたらいいかな?とも思います。
    だからわたしは「ひとはひと、じぶんはじぶん」で割り切るのではなく、じぶんのまわりのひとと一緒にちょっとでも楽しい時間をたくさん持てるようにしたいな、といまのところ思っています。

    1. オンガッカ より:

      宗像眞次郎さま
      お読み頂きありがとうございます!
      「お仲間と楽しめるようになりたい」とのこと
      とってもステキな事だと思います!
      宗像さまのいろんな文章を拝見しますと、
      とてもご熱心に練習されているご様子、
      きっとどんどん上達されることと存じます。
      (あ、すみません、うえから目線で(・・;)

      ご一緒に、ぼちぼち、がんばりましょう(^^♪

      1. 宗像 眞次郎 より:

        ありがとうございます。ドロシー先生のプロジェクトについても、わたしでもできることがあってお役に立てたら光栄だと思っています。わたしなど出番はない、とは思いつつ(笑)

        1. オンガッカ より:

          こちらこそありがとうございます。
          出番がないどころか
          宗像様が応援して下さっていることが、
          既に私のパワーになっています☆彡

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